By EarPeaceJapan
―聴覚研究者フランク・ワーティンガーよりー
音楽を愛するひとたちへの9の提言
先週紹介したプロのミュージシャンがかかえる聴覚問題は、あくまで氷山の一角にすぎません。日本でも浜崎あゆみさんやスガシカオさんといったアーティストが難聴に苦しんでいるのは有名な話。古くはベートーヴェンやスメタナといったクラシック音楽の巨匠たちも困ったそうです。
またプロだけとは限らず、音楽を愛し、ダンスを愛する現代のユーザーやクラバーたちからも、耳に不調をうったえる声が数多くあがっています。
手軽に大きな音で長時間の視聴を楽しむ現代、耳をケアすることは誰もが考えなければならないこと。
米国フィラデルフィアで、長年プロのミュージシャンたちの耳の障害を治療してきた聴覚研究者フランク・ワーティンガーは言います。
「聴覚に障害があるミュージシャンはたくさんいますが、彼らには音楽をあきらめるというチョイスはありえません。それぞれ自分の好きな道を歩き続けていく方法を見つけることが可能だと思います。」
ワーティンガーは10代のころ、バンドの練習を重ねるうちに耳鳴りに苦しむようになり、耳鼻咽喉科のエキスパートになりました。
現在、Earmark Hearing Conversationを運営し、ミュージシャンや音楽愛好家を対象に、聴覚保護のカウンセリングを行っています。
Earmark Hearing ConservationのHP
耳を守るためには、いったい何をすればいいのでしょうか。ワーティンガーが提言をしています。
1、ミュージシャンたちへ
2、耳栓と上手につきあうこと。
3、相談できる「耳鳴りの専門外来」を見つけること。
4、耳鳴りを知る。
5、耳鳴りと仲良くつきあうこと。
1. ミュージシャンたちへ
提言1. 耳がフレッシュな朝に快適な音量を設定し、一日変えないこと。
スタジオ内での遠慮のないモニター設定、家でのDJ練習のフルボリューム設定、クルマの移動中の爆音など生活が音楽中心で回っていることが多いミュージシャン。
夜が近づくにつれて耳の疲労がたまり、聴覚がにぶるために、つい音を大きくしてしてしまいます。
そのため意識的に朝最も自分にとって負担の少ない快適な音量を設定したら、1日の作業をその音量で通すことが有効です。
提言2. モニターの設定を意識的に行う。
無意識に大音量でモニターから返しを出すのではなく、音楽をしっかりと捉えることができる「最低限」のモニター音量を見つけましょう。耳に負担がかかる音域を意識的に抑えることも大切です。
また可能であれば、セットの間にモニターをオフにできる時間があればそうして耳を休めることも大切です。イヤーモニターではより繊細な音量、音質のコントロールが可能ですので、安全な音量や音質にこだわりましょう。
2. 耳栓と上手につきあうこと

ダンスミュージックにかかわるミュージシャンは、耳栓が邪魔になると考える傾向があります。クラバーたちも、耳栓をすると音が「グッとこない」と言います。
はたしてそうでしょうか?
ドラッグストアやフェス会場で売られているフォームタイプは、保護機能が強い反面、音質が落ちることは確かです。しかし、高価なカスタムメイドは手が出しづらい。
そこで最近では安価でかつ高性能な音楽専用耳栓がミュージシャンやオーディエンス の間で主流になって来ています。
音楽専用耳栓では単なる遮音性能だけではなく、耳にとって危険な音域をカットしながら自然に音楽を楽しむことができるよう設計されています。
提言3. 高性能音楽専用耳栓を使うこと。
EarPeaceを愛用するマシュー・バーンズは言います。
「ショーを見ていてPAの調子がわるいなと思ったとき、耳栓をすると音がよりクリアーに聞こえてくる」
特に低音は耳だけではなく骨を介して伝えられるため、耳栓で遮られることはありません。耳栓が聴覚保護だけでなく、マシューのコメントのように「音」を正確に把握することへの近道であることがわかります。
提言4. 耳栓をしたまま音楽やダンスの練習をする。
最初は音質の違いに違和感があると思いますが、すぐにその変化にもなれるでしょう。耳栓に慣れれてしまえば、DJもオーディエンスも耳の調子を崩すことがなくなります。
これほどシンプルで簡単な予防策はありません。
3. 相談できる「耳鳴りの専門外来」を見つけること。
ミュージシャンに起こり得る話のひとつ。
「レコード契約をしてツアーも決まったのに、こんな時に限って耳鳴りが治らない。どうしたのいいのか」
そんな場合、絶対キャンセルはしてはいけない、とワーティンガーは断言します。
「キャンセルすると心理的につらく、耳鳴りを助長しかねません。そうしたからといって、耳鳴りのトラウマに対処する助けにはなりません」
それでは何が大事なのでしょうか。
客観的な医療知識を持った専門家がつねにバックアップもらう態勢をつくることです。
提言5. 自分にあった「耳鳴りの専門外来」の専門医を見つけること。
参考までに。
補聴器専門会社ワイデックスが日本全国の「耳鳴りの専門外来を持つ医療機関」を集めたページがあります。
2020年4月に、日本初の「ミュージシャン外来」を開設した仙塩利府病院(宮城郡利府町)もあります。
音楽家の聴覚を守ることに特化した外来で、高周波域の聴力測定装置をもち、難聴の早期発見にも役立っています。
*上記の情報に関し、EarPeaceは医療的責任を負いかねます。ご了承ください
4. 耳鳴りを知ろう。
ミュージシャン、ユーザー、クラバー・・・。多くのひとが耳鳴りで困っています。
耳鳴りとは外に音がない状態で、自覚的に感じる音の感覚のこと。音がないのに、いったいなぜ耳鳴りが生じるのでしょうか。
ワーティンガーの説明。
「目を閉じて、今見ているものを考えてください」
何が見えますか。単なる黒ではなく、色や光がぐちゃぐちゃと動いているのが見えませんか?
「脳は何も見えないところから何かを見ようとして、過剰に反応します。そして脳がよくわからないぐちゃぐちゃな映像を作り出します。耳鳴りも同じこと」
a) 耳の細胞がダメージを受けて、脳に音の電気信号を出さなくなる。
b) 脳は電気信号が来ないため、過度に反応し感度を上げる。
c) それでも信号が来ないので一層感度を上げる。
d) 脳が音を補おうとして、本来ない音を作り出し、これが耳鳴りと認識される。
5. 耳鳴りと仲良くつきあうこと。
ワーティンガーは言います。
「耳鳴りは、あなたの脳と耳と神経がしっかり働いているサインです。脳も耳も神経もすべて生きている身体の自然な一部。うまく機能しないからって捨てるわけにはいかないでしょう」
提言6. 耳鳴りを受容すること。
耳鳴りをなんとかしなければ、ともがけばもがくほど耳鳴りは大きくなってしまうことがあります。意識がそこに集中してしまうからです。
抵抗せずに受け入れてしまうことが吉と働くこともあります。
提言7. 日常のストレスから解放される日をつくること。
何もしないで耳も使わず、本だけ読んでボケーっとする一日をつくる。それだけで脳が休まり、耳鳴りが”鳴りを潜める”こともあります。
ストレス、不安をが少なくなるよう心がけ、アルコールの摂取も避けることも有効です。
提言8. 補聴器を利用する。
補聴器をつける選択もあります。
もともと聞こえていた状態に脳が戻るため、過剰反応していた状態が落ち着きます。
通常の音がふつうにキャッチできるため、耳鳴りがさほど気にならなくなる場合もあります。
提言9. 健康を意識した生活を送ること。
いまだ決定的な治療法はないものの、耳鳴りの治療法は確実に進歩しています。治療薬の開発も進んでいます。
しかし、とワーティンガーは言います。
「未来を待っても意味がありません。研究は専門家にまかせ、今に集中することが大切です。充分な睡眠と適度な運動をこころがけ、脳と体のリフレッシュをつねに意識しましょう」